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最高裁判所大法廷 昭和61年(オ)260号 判決

上告人 甲野一郎

被上告人 乙野花子

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人○○○○の上告理由について

所論は、要するに、上告人と被上告人との婚姻関係は破綻し、しかも、両者は共同生活を営む意思を欠いたまま35年余の長期にわたり別居を継続し、年齢も既に70歳に達するに至つたものであり、また、上告人は別居に当たつて当時有していた財産の全部を被上告人に給付したのであるから、上告人は被上告人に対し、民法770条1項5号に基づき離婚を請求しうるものというべきところ、原判決は右請求を排斥しているから、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

一1  民法770条は、裁判上の離婚原因を制限的に列挙していた旧民法(昭和22年法律第222号による改正前の明治31年法律第9号。以下同じ。)813条を全面的に改め、1項1号ないし4号において主な離婚原因を具体的に示すとともに、5号において「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」との抽象的な事由を掲げたことにより、同項の規定全体としては、離婚原因を相対化したものということができる。また、右770条は、法定の離婚原因がある場合でも離婚の訴えを提起することができない事由を定めていた旧民法814条ないし817条の規定の趣旨の一部を取り入れて、2項において、1項1号ないし4号に基づく離婚請求については右各号所定の事由が認められる場合であつても2項の要件が充足されるときは右請求を棄却することができるとしているにもかかわらず、1項5号に基づく請求についてはかかる制限は及ばないものとしており、2項のほかには、離婚原因に該当する事由があつても離婚請求を排斥することができる場合を具体的に定める規定はない。以上のような民法770条の立法経緯及び規定の文言からみる限り、同条1項5号は、夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり、その回復の見込みがなくなつた場合には、夫婦の一方は他方に対し訴えにより離婚を請求することができる旨を定めたものと解されるのであつて、同号所定の事由(以下「5号所定の事由」という。)につき責任のある一方の当事者からの離婚請求を許容すべきでないという趣旨までを読みとることはできない。

他方、我が国においては、離婚につき夫婦の意思を尊重する立場から、協議離婚(民法763条)、調停離婚(家事審判法17条)及び審判離婚(同法24条1項)の制度を設けるとともに、相手方配偶者が離婚に同意しない場合について裁判上の離婚の制度を設け、前示のように離婚原因を法定し、これが存在すると認められる場合には、夫婦の一方は他方に対して裁判により離婚を求めうることとしている。このような裁判離婚制度の下において5号所定の事由があるときは当該離婚請求が常に許容されるべきものとすれば、自らその原因となるべき事実を作出した者がそれを自己に有利に利用することを裁判所に承認させ、相手方配偶者の離婚についての意思を全く封ずることとなり、ついには裁判離婚制度を否定するような結果をも招来しかねないのであつて、右のような結果をもたらす離婚請求が許容されるべきでないことはいうまでもない。

2  思うに、婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもつて共同生活を営むことにあるから、夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失するとともに、夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態に至つた場合には、当該婚姻は、もはや社会生活上の実質的基礎を失つているものというべきであり、かかる状態においてなお戸籍上だけの婚姻を存続させることは、かえつて不自然であるということができよう。しかしながら、離婚は社会的・法的秩序としての婚姻を廃絶するものであるから、離婚請求は、正義・公平の観念、社会的倫理観に反するものであつてはならないことは当然であつて、この意味で離婚請求は、身分法をも包含する民法全体の指導理念たる信義誠実の原則に照らしても容認されうるものであることを要するものといわなければならない。

3  そこで、5号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たつては、有責配偶者の責任の態様・程度を考慮すべきであるが、相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情、離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子、殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況、別居後に形成された生活関係、たとえば夫婦の一方又は双方が既に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等が斟酌されなければならず、更には、時の経過とともに、これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合つて変容し、また、これらの諸事情のもつ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから、時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないのである。

そうであつてみれば、有責配偶者からされた離婚請求であつても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできないものと解するのが相当である。けだし、右のような場合には、もはや5号所定の事由に係る責任、相手方配偶者の離婚による精神的・社会的状態等は殊更に重視されるべきものでなく、また、相手方配偶者が離婚により被る経済的不利益は、本来、離婚と同時又は離婚後において請求することが認められている財産分与又は慰藉料により解決されるべきものであるからである。

4  以上説示するところに従い、最高裁昭和24年(オ)第187号同27年2月19日第三小法廷判決・民集6巻2号110頁、昭和29年(オ)第116号同年11月5日第二小法廷判決・民集8巻11号2023頁、昭和27年(オ)第196号同29年12月14日第三小法廷判決・民集8巻12号2143頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は、いずれも変更すべきものである。

二  ところで、本件について原審が認定した上告人と被上告人との婚姻の経緯等に関する事実の概要は、次のとおりである。

(一)上告人と被上告人とは、昭和12年2月1日婚姻届をして夫婦となつたが、子が生まれなかつたため、同23年12月8日訴外丙野月子の長女春子及び二女夏子と養子縁組をした。(二)上告人と被上告人とは、当初は平穏な婚姻関係を続けていたが、被上告人が昭和24年ころ上告人と月子との間に継続していた不貞な関係を知つたのを契機として不和となり、同年8月ころ上告人が月子と同棲するようになり、以来今日まで別居の状態にある。なお、上告人は、同29年9月7日、月子との間にもうけた二郎(同25年1月7日生)及び三郎(同27年12月30日生)の認知をした。(三)被上告人は、上告人との別居後生活に窮したため、昭和25年2月、かねて上告人から生活費を保障する趣旨で処分権が与えられていた上告人名義の建物を24万円で他に売却し、その代金を生活費に当てたことがあるが、そのほかには上告人から生活費等の交付を一切受けていない。(四)被上告人は、右建物の売却後は実兄の家の一部屋を借りて住み、人形製作等の技術を身につけ、昭和53年ころまで人形店に勤務するなどして生活を立てていたが、現在は無職で資産をもたない。(五)上告人は、精密測定機器の製造等を目的とする二つの会社の代表取締役、不動産の賃貸等を目的とする会社の取締役をしており、経済的には極めて安定した生活を送つている。(六)上告人は、昭和26年ころ東京地方裁判所に対し被上告入との離婚を求める訴えを提起したが、同裁判所は、同29年2月16日、上告人と被上告人との婚姻関係が破綻するに至つたのは上告人が月子と不貞な関係にあつたこと及び被上告人を悪意で遺棄して月子と同棲生活を継続していることに原因があるから、右離婚請求は有責配偶者からの請求に該当するとして、これを棄却する旨の判決をし、この判決は同年3月確定した。(七)上告人は、昭和58年12月ころ被上告人を突然訪ね、離婚並びに春子及び夏子との離縁に同意するよう求めたが、被上告人に拒絶されたので、同59年東京家庭裁判所に対し被上告人との離婚を求める旨の調停の申立をし、これが成立しなかつたので、本件訴えを提起した。なお、上告人は、右調停において、被上告人に対し、財産上の給付として現金100万円と油絵1枚を提供することを提案したが、被上告人はこれを受けいれなかつた。

三  前記一において説示したところに従い、右二の事実関係の下において、本訴請求につき考えるに、上告人と被上告人との婚姻については5号所定の事由があり、上告人は有責配偶者というべきであるが、上告人と被上告人との別居期間は、原審の口頭弁論の終結時まででも約36年に及び、同居期間や双方の年齢と対比するまでもなく相当の長期間であり、しかも、両者の間には未成熟の子がいないのであるから、本訴請求は、前示のような特段の事情がない限り、これを認容すべきものである。

したがつて、右特段の事情の有無について審理判断することなく、上告人の本訴請求を排斥した原判決には民法1条2項、770条1項5号の解釈適用を誤つた違法があるものというべきであり、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この趣旨の違法をいうものとして論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、右特段の事情の有無につき更に審理を尽くす必要があるうえ、被上告人の申立いかんによつては離婚に伴う財産上の給付の点についても審理判断を加え、その解決をも図るのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法407条1項に従い、裁判官角田禮次郎、同林藤之輔の補足意見、裁判官佐藤哲郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官角田禮次郎、同林藤之輔の補足意見は、次のとおりである。

我々は、多数意見とその見解を一にするものであるが、離婚給付について、若干の意見を補足しておくこととしたい。

多数意見は、民法770条1項5号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある有責配偶者からされた場合に、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断する一つの事情として、離婚を認めた場合における相手方配偶者の経済的状態が斟酌されなければならないとし、相手方配偶者が離婚により被る経済的不利益は、離婚と同時又は離婚後において請求することが認められている財産分与又は慰藉料により解決されるべきものであるとしている。

しかし、右の経済的不利益の問題について、これを相手方配偶者の主導によつて解決しようとしても、相手方配偶者が反訴により慰藉料の支払を求めることをせず、また人事訴訟手続法(以下「人訴法」という。)15条1項による財産分与の附帯申立もしない場合には、離婚と同時には解決されず、あるいは、経済的問題が未解決のため離婚請求を排斥せざるをえないおそれが生ずる。一方、経済的不利益の解決を相手方配偶者による離婚後における財産分与等の請求に期待して、その解決をしないまま離婚請求を認容した場合においては、相手方配偶者に対し、財産分与等の請求に要する時間・費用等につき更に不利益を加重することとなるのみならず、経済的給付を受けるに至るまでの間精神的不安を助長し、経済的に困窮に陥れるなど極めて苛酷な状態におくおそれがあり、しかも右請求の受訴裁判所は、前に離婚請求を認容した裁判所と異なることが通常であろうから、相手方配偶者にとつて経済的不利益が十全に解決される保障がないなど相手方配偶者に対する経済的配慮に欠ける事態の生ずることも予測される。したがつて、相手方配偶者の経済的不利益の解決を実質的に確保するためには、更に検討を加えることが必要である。

そこで、財産分与に関する民法768条の規定をみると、同条は、離婚をした者の一方は相手方に対し財産分与の請求ができ、当事者間における財産分与の協議が不調・不能なときは当事者は家庭裁判所に対して右の協議に代わる処分を請求することができる旨を規定しているだけであつて、右規定の文言からは、協議に代わる処分を請求する者は財産分与を請求する者に限る趣旨であるとは認められない。また、人訴法15条1項に定める離婚訴訟に附帯してする財産分与の申立は、訴訟事件における請求の趣旨のように、分与の額及び方法を特定してすることを要するものではなく、単に抽象的に財産分与の申立をすれば足り(最高裁昭和39年(オ)第539号同41年7月15日第二小法廷判決・民集20巻6号1197頁参照)、裁判所に対しその具体的内容の形成を要求すること、いいかえれば裁判所の形成権限の発動を求めるにすぎないのであつて、通常の民事訴訟におけるような私法上の形成権ないし具体的な権利主張を意味するものではないのであるから、財産分与をする者に対して、その具体的内容は挙げて裁判所の裁量に委ねる趣旨でする申立を許したとしても、財産分与を請求する側において何ら支障がないはずである。更に実質的にみても、財産分与についての協議が不調・不能な場合には、財産分与を請求する者だけではなく、財産分与をする者のなかにも一日も早く協議を成立させて婚姻関係を清算したいと考える者のあることも当然のことであろうから、財産分与について協議が不調・不能の場合における協議に代わる処分の申立は財産分与をする者においてもこれをすることができると解するのが相当というべきである。

以上のような見地から、我々は、人訴法15条1項による財産分与の附帯申立は離婚請求をする者においてもすることができると考える。そしてこのように解すると、有責配偶者から離婚の訴えが提起され、相手方配偶者の経済的不利益を解決しさえすれば請求を許容しうる場合において、相手方配偶者が、たとえば意地・面子・報復感情等のために、慰藉料請求の反訴又は人訴法15条1項による財産分与の附帯申立をしようとしないときは、有責配偶者にも財産分与の附帯申立をすることを認め、離婚判決と同一の主文中で相手方配偶者に対する財産分与としての給付を命ずることができることになり、相手方配偶者の経済的不利益の問題は常に当該裁判の中において離婚を認めるかどうかの判断との関連において解決され、さきに我々が憂慮した相手方配偶者の経済的不利益の問題の解決を全うすることができることになるのではないかと思うのである。

裁判官佐藤哲郎の意見は、次のとおりである。

私は、多数意見の結論には賛成するが、その結論に至る説示には同調することができない。

一  民法770条1項5号は、同条の規定の文言及び体裁、我が国の離婚制度、離婚の本質などに照らすと、同号所定の事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者からされた離婚請求を原則として許さないことを規定するものと解するのが相当である。

同条1項1号から4号までは、相手方配偶者に右各号の事由のある場合に、離婚請求権があることを規定しているところ、同項5号は、1号から4号までの規定を受けて抽象的離婚事由を定め、右各号の事由を相対化したものということができるから、5号の事由による離婚請求においても、1号から4号までの事由による場合と同様、右事由の発生について相手方配偶者に責任あるいは原因のある場合に離婚請求権があることを規定しているものと解するのが相当である。法律が離婚原因を定めている目的は、一定の事由の存在するときに夫婦の一方が相手方配偶者に対して離婚請求をすることを許すことにあるが、他方、相手方配偶者にとつては一定の事由のない限り自己の意思に反して離婚を強要されないことを保障することにもあるといわなければならない。我が国の裁判離婚制度の下において離婚原因の発生につき責任のある配偶者からされた離婚請求を許容するとすれば、自ら離婚原因を作出した者に対して右事由をもつて離婚を請求しうる自由を容認することになり、同時に相手方から配偶者としての地位に対する保障を奪うこととなるが、このような結果を承認することは離婚原因を法定した趣旨を没却し、裁判離婚制度そのものを否定することに等しい。また、裁判離婚について破綻の要件を満たせば足りるとの考えを採るとすれば、自由離婚、単意離婚を承認することに帰し、我が国において採用する協議離婚の制度とも矛盾し、ひいては離婚請求の許否を裁判所に委ねることとも相容れないことになる。法は、社会の最小限度の要求に応える規範であつてもとより倫理とは異なるものであるが、正義衡平、社会的倫理、条理を内包するものであるから、法の解釈も、右のような理念に則してなされなければならないこと勿論であつて、したがつて信義に背馳するような離婚請求の許されないことはすべからく法の要求するところというべきであり、離婚請求の許否を法的統制に委ねた以上、裁判所に対して右の理念によつてその許否の判定をするよう要求することもまた当然といわなければならない。右のような見地からすれば、民法770条1項5号は、離婚原因を作出した者からの離婚請求を許さない制約を負うものというべきである。

実質的にみても、婚姻は道義を基調とした社会的・法的秩序であるから、これを廃絶する離婚も、道義、社会的規範に照らして正当なものでなければならず、人間としての尊厳を損い、両性の平等に悖るものであつてはならないというべきである。また、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立するものであることからすると、それを廃絶する離婚についても基本的には両性の合意を要求することができるから、夫婦の一方が婚姻継続の意思を喪失したからといつて、相手方配偶者の意思を無視して常に当該婚姻が解消されるということにはならないこともいうまでもない。そして、離婚が請求者にとつても相手方配偶者にとつても婚姻を廃絶すると同時に新たな法的・社会的秩序を確立することにあることからすると、相手方配偶者の地位を婚姻時に比べて精神面においても、社会・経済面においても劣悪にするものであつてはならないが、厳格な離婚制度の下においては離婚給付の充実が図られるものの、反対に、安易に離婚を承認する制度の下においては相手方配偶者の経済的・社会的保障に欠けることになるおそれがあることにも思いを致さなければならない。有責配偶者からの離婚請求を認めることは、その者の一方的意思によつて背徳から精神的解放を許すのみならず、相手方配偶者に対する経済的・社会的責務をも免れさせることになりかねないことをも考慮しなければならないであろう。

そもそも、離婚法の解釈運用においては、その国の社会制度、殊に家族制度、経済体制、法制度、宗教、風土あるいは国民性などを無視することができないが、吾人の道徳観や法感情は、果たして自ら離婚原因を作出した者に寛容であろうか、疑問なしとしない。

以上の次第で、私は、婚姻関係が破綻した場合においても、その破綻につき専ら又は主として原因を与えた当事者は原則として自ら離婚請求をすることができないとの立場を維持したいと考える。

二  しかし、有責配偶者からの離婚請求がすべて許されないとすることも行き過ぎである。有責配偶者からされた離婚請求の拒絶がかえつて反倫理的であり、身分法秩序を歪める場合もありうるのであり、このような場合にもこれを許さないとするのはこれまた法の容認するところでないといわなければならない。

有責配偶者からされた離婚請求であつても、有責事由が婚姻関係の破綻後に生じたような場合、相手方配偶者側の行為によつて誘発された場合、相手方配偶者に離婚意思がある場合は、もとより許容されるが、更に、有責配偶者が相手方及び子に対して精神的、経済的、社会的に相応の償いをし、又は相応の制裁を受容しているのに、相手方配偶者が報復等のためにのみ離婚を拒絶し、又はそのような意思があるものとみなしうる場合など離婚請求を容認しないことが諸般の事情に照らしてかえつて社会的秩序を歪め、著しく正義衡平、社会的倫理に反する特段の事情のある場合には、有責配偶者の過去の責任が阻却され、当該離婚請求を許容するのが相当であると考える。

三  以上のとおり、私は、有責配偶者からされた離婚請求が原則として許されないとする当審の判例の原則的立場を変更する必要を認めないが、特段の事情のある場合には有責配偶者の責任が阻却されて離婚請求が許容される場合がありうると考える。そして、本件においては、被上告人の離婚拒絶についての真意を探求するとともに、右阻却事由の存否について審理を尽くさせるために、本件を原審に差し戻すのを相当とする。

(裁判長裁判官 矢口洪一 裁判官 伊藤正己 牧圭次 安岡滿彦 角田禮次郎 島谷六郎 長島敦 高島益郎 藤島昭 大内恒夫 香川保一 坂上壽夫 佐藤哲郎 四ツ谷巖 裁判官 林藤之輔は、死亡につき署名押印することができない。裁判長裁判官 矢口洪一)

上告代理人○○○○の上告理由

原判決は、民法第770条第1項5号の適用解釈を誤り、理由不備の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことは明らかであつて破棄さるべきものである。

一 すなわち、原判決は、本件の「破綻の原因は、原告(上告人)が訴外甲野月子と同居するようになり、前訴離婚判決後もその同居を継続してきたためで、一方、被告(被上告人)はこれといつた落度はなく、破綻の責任は専ら原告にある」とし、いくつかの事情を列挙した上、「このような特別の事情のある本件においては、専ら婚姻関係の破綻を招来したものとして有責配偶者である原告(上告人)の本訴離婚請求を認めることは信義誠実の原則に徴し相当でないといわざるを得ない。」と判示している。

二 その特別事情の一つとして、被上告人の生活基盤が必ずしも安定したものとはいえないのに対し、上告人は経済的には安定していながら「離婚に伴う相応の財産給付をなす意思に乏しく、別居が継続している間被告(被上告人)に対する経済援助を全くすること」がなかつた旨認定している。

しかしながら、他方同じく原判決が認定しているとおり、被上告人は、「原告(上告人)及び被告(被上告人)が居住に使用していた原告(上告人)名義の建物(これは土地及び建物の誤りである-上告人注)を金24万円で売却し、その代金を受領して実兄A男方に転居し、右代金を生活費に充ててきて」いるのである。

記録から窺えるとおり右土地及び建物は当時の上告人のいわば全財産であつたものであり、上告人は別居に伴い自分の所有する全財産を既にその時に被上告人に分与したのであつて、当時の上告人の経済状態から見れば最大限の償いをしたと評価し得るのであり、原判決の如く「被告(被上告人)に対する経済的援助を全くしなかつた」というのは全く事実に反している。

換言すれば、上告人は、別居の際に、既に「離婚に伴う相応の財産給付」に相当するものを被上告人に分与していたのである。

この財産給付の事実は離婚請求の認否の判断上の重要な要素に係わるものであつて、給付それ自体を認定しつつその結付の意義を全く無視した点において原判決は理由に齟齬ないし不備があるものと言わざるを得ない。

三 次に、自己の背徳行為により勝手に夫婦生活破綻の原因をつくりながら、それのみを理由として相手方に離婚を強制することは、婚姻秩序や性秩序あるいは道徳観念よりして許されるべきことではないとの法理に基き、有責配偶者の離婚請求を排斥してきた判例の集積は上告人も是認するところである。

しかしながら、他方において離婚請求者に有責的行為がある場合には安易に離婚を棄却しがちな傾向も厳に慎むべきである。

なぜならば、そもそも民法第770条第1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」とは、いわゆる破綻主義の立法化に外ならず、婚姻関係が深刻に破綻し婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込みがない場合を言うものとされ、元来不治的に破綻した婚姻は当事者の責任を問わずその解消を認めるという原則に立脚し、また有責配偶者の離婚請求を拒否したとしても婚姻関係の復元が可能になるわけではないことから、有責配偶者の離婚請求を余りに厳格に否定して適用すべきではないからである。

四 この点に関するリーデイングケースとしては最判昭和27年2月19日(民集6-2-110)が挙げられる。

これは、夫が婚姻中に他の女性と情交関係を結び子供を産ませ、別居わずか5年後に婚姻関係破綻を理由に妻に対し離婚を請求した事案である。

このような事実関係においては、「本訴の如き請求が法の認める処なりとして当裁判所において是認されるならば、戦後に多く見られる男女関係の余りの無軌道に拍車をかける結果を招致する虞が多分にある。前記民法の規定は相手方に有責行為のあることを要件とするものでないことは認めるけれども、さりとて前記の様な不徳義・得手勝手な請求を許すものではない。」として余りにも相手を無視した身勝手な請求を排斥したものであり、その点にリーデイングケースとして価値があるものである。

五 これに対して本件においては、昭和24年から35年余の極めて長期間に亘つて別居生活が継続されてきており、子供もなく、その間夫婦の行き来も全くなく、夫婦ともに婚姻の本質に応じた共同生活を継続する意思を全く欠いており、婚姻関係は単に戸籍上のみでその実体は全く破綻し形骸化しているものである。

この長期間の破綻状態・形骸化の過程において、夫婦の年令も70才前後に達し、上告人の当初の有責性はいわば風化していると言い得るのである。このような状態にある現時点においてもなお数十年前の破綻原因をつくつた責任を負わせ続けることは妥当なのであろうか。

前記判決の余りにも身勝手な請求と同視し本件と同一に論ずることが社会正義に適うものであろうか。

被上告人の生活基盤は必ずしも安定したものではないであろうが、さりとて離婚が認容されても直ちに生活に著しい変化が生じるとも考えられないこと、また前述のとおり上告人は別居の際に当時の全財産を被上告人に与えていること、夫婦間には子供がないこと、そして右のとおり長年の経過により上告人の有責性が風化していること、を考え合わせるならば、35年余にも及び破綻し形骸化した婚姻関係はお互いに整理した上で、それぞれが平穏な余生を過ごせるように取り計らうのが法の理念に合致すると言うべきである。

原判決も触れているとおり「夫婦間の婚姻関係が全く形骸化して久しいような場合においては有責配偶者からの離婚請求であることの一事をもつてただちにその請求を排斥するのは相当でない」のであり、その請求が「不徳義・得手勝手」な事情がある場合にそれを許さないとするのが婚姻秩序・道徳観念に最もよく合致する正しい解釈であると信ずるものである。

六 この点に関して、破綻後の原告の有責行為は問わない旨判示した最判昭和46年5月21日(民集25-3-408)のコメントとして、「右の判例を相当期間の別居に重点をおいて離婚を認める判例のはしりとして、評価したい。右の判例を契機として、最高裁が、婚姻破綻の徴表としての相当期間の別居がある場合には、別居前に原告側に有責行為があるときにも離婚を認める、というように理論を展開していくことを期待する。別居後の有責行為を問わないとするなら、別居前の有責行為も問わないはずだからである。」(島津一郎・「別冊ジユリスト家族法判例百選(( 新版・増補))」76頁、同「破綻主義」続判例展望別冊ジユリスト39号136頁)との見解が示されているが、本件ケースは正に右見解を適用すべき事案である。

よつて、原判決は法の適用解釈を誤つた違法があり、これは判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、破棄を免れないものである。

〔参照1〕 二審(東京高 昭60(ネ)1813号 昭60.12.19判決)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決を取消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

原判決3枚目表5、6行目の間に改行のうえ「なお、控訴人が甲野月子宅に雑居せざるを得なくなつたのは、昭和24年5月に前記のとおり被控訴人が控訴人所有の住居を無断で処分し、実兄A男宅に同居したためであり、控訴人が甲野月子と同居していたのは昭和58年11月3日までであつて、その後の同女のことは知らない。また、二男三郎とは同57年11月末以降何の接触もない。控訴人の設立した○○○株式会社も内容は零であり控訴人の代表取締役又は取締役をしている○○○○○貿易株式会社、有限会社○○○からの給料も薄給もしくは無給である。」を、同4枚目裏4行目の「その後も」の次に「本件訴訟が原審係属中の昭和60年4月まで」を、同5行目の「などし」の次に「、また甲野月子は、控訴人との間の子である三郎と同居しており、控訴人と今なお緊密な関係を維持し」をそれぞれ加える。なお、被控訴人は控訴人の当審における右主張を否認すると述べた。

第三証拠〔略〕

理由

一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は、これを棄却すべきものと判断するが、その理由については、次に付加、訂正するほか、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、これを引用する。

原判決5枚目表8行目の「12」を「13」に改め、同6枚目裏末行の「1部屋」の次に「(4畳半)」を、同8枚目裏末行の「である。」の次に「しかも、控訴人、被控訴人間の婚姻関係の破綻原因が、控訴人の夫としての守操義務に反した独善的な行動にあることについて、これを顧慮する態度を全く示していない。もつとも、甲野月子は、住民票(前掲乙第13号証)上、昭和60年4月23日控訴人方から東京都世田谷区○○×丁目×番××号所在の二男三郎方に転居した形になつていることが窺われるけれども、これをもつて直ちに控訴人と同女との従前の関係が解消したものとすることはできない。」を、同10枚目表5行目の「本件」の前に「このような特別の事情のある」を、同行の「おいては、」の次に「専ら婚姻関係の破綻を招来したものとして、」を、同6行目の「認める」の次に「ことは、信義誠実の原則に徴し相当」を、それぞれ加え、同6行目の「にはいまだ十分」を削除する。

二 よつて、控訴人の本訴請求は、これを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法95条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

〔参照2〕 一審(東京地 昭59(タ)178号 昭60.6.28判決)

主文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 原告と被告とを離婚する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 原告と被告は、昭和12年2月1日婚姻の届出を了した夫婦である。

2 原告は、昭和17年11月から南方に従軍し、昭和21年5月帰還して被告の許に戻つた。

被告は、原告が南方に従軍している間、軍の○○工兵隊の将校に原、被告の自宅の2階を賃貸し、右将校と不貞の関係に至つた。

3 右被告の不貞が原告の知るところとなり夫婦仲の円満を欠くことが続き、原告は、昭和24年4月被告と別居した。その直後、被告は、原告所有の土地、建物を処分し、その金員を持つて被告の実兄A男方に居を移した。

4 原告は、昭和24年ころ、東京家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申立てたが不成立となり、東京地方裁判所に離婚の訴を提起したが、原告は敗訴した。

5 被告は、その後所在不明が続いたが、調査の結果ようやく判明し、原告は、昭和56年ころ東京家庭裁判所に再び夫婦関係調整の調停を申立てたがそのときも不成立となつてそのままにしていた。

6 原告と被告は昭和24年4月の別居以来30有余年全く夫婦としての交流はなく、また、昭和29年2月の前記判決以来全くの音信もなく、被告から何の要求のないまま推移してきた。

このように、もはや夫婦としての実態は全くなく、単に戸籍上のみの形骸化した夫婦にすぎない。

そこで、原告は、昭和58年12月東京家庭裁判所に調停を申立てたが、被告は高額の金員を要求するのみで右調停は不調に終わつた。

7 以上のとおり、原、被告間の婚姻関係は戸籍上のみの婚姻で全く実態のないものであり、もはや婚姻を継続し難い重大な事由があるといわなければならない。よつて、原告は、被告に対し、民法770条1項5号に基づき離婚を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、南方への従軍及び帰還の時期は認め、その余の事実は否認する。

3 同3の事実中、昭和24年7月(同年4月ではない)に別居し、被告が原告所有の土地建物を処分した後実兄A男方に転居したことは認め、その余の事実は否認する。

4 同4の事実は認める。

5 同5の事実中、原告が昭和54年(昭和56年ではない)調停を申立てたが不成立となつたことは認め、その余の事実は否認する。

6 同6の事実中、原告が昭和58年12月調停を申立てたが不調となつたことは認め、その余の事実は否認する。

7 同7の主張は争う。

三 被告の主張

1 原告と被告の別居は、原告が被告に対して訴求した東京地方裁判所昭和26年(タ)第42号事件の判決が認定したとおり、原告の不貞行為と原告による被告に対する遺棄によつて生じたものであることは明らかである。しかも、原告は昭和24年7月の別居以来今日まで慰謝料はもとより生活費さえ支給せず、その間被告に対し金員等の引渡請求訴訟(昭和25年、原告敗訴)、前記離婚請求訴訟をそれぞれ提起し、被告に耐え難い精神的苦痛を与え続け、一方で、昭和25年9月1日、丙野月子を自己の父親である甲野太郎の養子となすことにより同女を甲野月子と改氏せしめ、その後も同女と同棲を継続し、同女との間に二子を設けて認知するなどしている。

2 原告によるその後二度にわたる離婚調停申立て及び本訴提起は、過去35年間の婚姻費用分担義務も履行せず、財産分与、慰藉料の提供もないままになされており、直近の離婚調停においても、現金100万円と油絵1枚を提案したにすぎなかつた。

3 以上によれば、原告の本訴請求は正義に反すること著しいので、すみやかに棄却されるべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一 その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第1号証の1、2、乙第1ないし第13号証、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第2号証(後記措信しない部分を除く)に弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

1 原告と被告は昭和12年2月1日婚姻の届出を了した夫婦である。

2 両名の間には子がなかつたため昭和23年12月8日、原、被告は訴外丙野月子の長女春子及び二女夏子との間に養子縁組をし、昭和25年9月1日には右丙野月子も原告の実父甲野太郎と養子縁組をし、甲野姓を名乗ることとなつた。

3 原告は、右甲野月子と原告の間に生まれた二郎(昭和25年1月7日生)と三郎(昭和27年12月30日生)をそれぞれ昭和29年9月7日に認知の届出をした。

4 ところで、原、被告の婚姻生活は、当初平穏に経過したが、昭和24年ころ、原告と訴外甲野月子が情交関係を継続していたことが被告の知るところとなつて、原、被告間の仲が不和となり、昭和24年8月原告は同棲中の被告を棄てて勝手に右甲野月子と同棲生活に入り、以後今日まで別居が継続することとなつた。

5 原告は、昭和26年ころ、被告に対して離婚請求事件を提起し、右訴訟は昭和29年2月16日原告敗訴の判決が言渡され確定した(東京地方裁判所昭和26年(タ)第42号)。右判決では、原、被告間の婚姻の破綻は、原告が昭和23年中から甲野月子と関係を結び、これが原因で夫婦仲が不和となり、昭和24年8月原告が被告を棄てて勝手に甲野月子と同棲生活に入りこれを継続していることに原因があり、原告はいわゆる有責配偶者に該当するから原告の離婚請求を棄却するとされた。

6 被告は、前記原告と別居以後、昭和24年12月ころから原告からの生活費等の一切の仕送りが絶えたため生活に窮して、昭和25年2月7日、かねて被告の要求により生活費を保証する意味で処分の権限を与えられていた原告及び被告が居住に使用していた原告名義の建物を金24万円で売却し、その代金を受領して実兄A男方に転居し、右代金を生活費に充ててきており、以来今日まで肩書住所地である実兄A男方の2階の1部屋を使用させてもらつて生活している。

7 原告は、前記判決後も引き続き、甲野月子と同棲生活を送り、この間前述のとおり同女との間の子二人の認知届までなし、昭和58年12月ころまで、被告の住所を知りながら全く音信不通で生活費等の仕送りはもちろんしなかつた。

8 一方被告も前記判決後自から原告に対し同居を求めたり、また生活費等の要求をすることもなく原告と没交渉の態度をとつてきた。

このように、前記判決後は原、被告双方とも相手方と連絡をとることもなく推移してきた。

9 昭和58年12月ころ、原告は甲野月子とは同年11月ころ別れたと称して突然被告をたずね、離婚を求めるとともに前記甲野月子の子春子及び夏子の縁組を解消するから判を押してくれるよう求めてきたが、被告は一方的に自己の主張を押しつけようとする前記離婚訴訟以来の原告の態度に反目し、これを承諾しなかつた(なお、この間昭和54年ころ原告から被告に対し離婚調停が申立てられ、これが不成立になつた経緯があるようであるが、そのいきさつは証拠上明らかでない。)。そこで、原告は、昭和59年東京家庭裁判所に離婚調停を申立てたが、同年4月18日不成立に終わり、本訴に至つた。なお、右調停では原告は被告に対し離婚給付として現金100万円と油絵1枚を提供することを提案したにすきず、被告の受け入れるところとはならなかつた。

10 ところで、原告は、現在精密測定機器、材料試験機、分析機器の販売並びに修理等を目的とする訴外○○○株式会社(資本金2500万円)、同種機器の製造、修理及び販売を目的とする訴外○○○○○貿易株式会社(資本金1000万円)の代表取締役並びに不動産の所有、賃貸、管理、売買等を目的とする有限会社○○○(資本の総額金600万円)の取締役をしており、経済的にも極めて安定した生活を送つている。

11 他方、被告は、実兄A男方に身を寄せてから、○○学園に入学して、人形製作等の技術を身につけ、助手などをしてきたが、その後、人形の製作をする人形店に勤務し、朝8時半に出勤して夜9時半ごろまで残業をするといつた生活を昭和53年ころまでし、この間肺結核をわずらつて3、4年療養生活をするなど経済的にも精神的にも苦労してきたところ、現在は無職でこれといつた資産はなく、必ずしも経済的に安定した生活とはいえない。

12 原告は、現在では被告を嫌悪し、離婚を強く求めることのみに急で、離婚に伴う相応の財産給付をなすことに消極的である。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する供述部分及び甲第2号証中これに反する記載部分はいずれもこれを採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二 右認定事実によれば、原、被告間の婚姻関係は、昭和24年8月には破綻しており、以後35年余にわたりその状態は継続していて、現在ではもはや回復不能であること、その破綻の原因は、原告が訴外甲野月子と同居するようになり、前訴離婚判決後もその同居を継続してきたためで、一方、被告にはこれといつた落度はなく、破綻の責任は専ら原告にあることを認定することができる。なお、前訴判決後被告においても原告に何ら要求することなく推移してきてはいるが、かかる被告の対応を一概に非難するのは酷である。ところで、本件のように35年余にわたる別居が継続し、夫婦間の婚姻関係が全く形骸化して久しいような場合においては有責配偶者からの離婚請求であることの一事をもつてただちにその請求を排斥するのは相当でないとの考えも成立しうるところであるが、本件においては、すでに昭和29年に原告からの離婚請求が排斥されて訴訟上確定している経緯があること、被告は現在実兄のA男方の2階の1部屋を使用して細々と生活し、固有の財産は何もなく、その生活基盤は必ずしも安定したものとはいえず、今後の生活もその多くを実兄ら同居者の善意によらざるを得ないこと、他方、原告は経済的には安定しているところ、離婚に伴う相応の財産給付をなす意思に乏しく、別居が継続している間被告に対する経済的援助を全くすることなく、破綻した婚姻関係の調整ないし整理に真剣な努力の跡がうかがえないことなどの事情が認められるのであつて、本件においては、有責配偶者である原告の本訴離婚請求を認めるにはいまだ十分でないといわざるを得ない。

三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。

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